LODEC体制変更のお知らせ
「タチアガレ タチアカネ アオキムラ」青木未来会議の講師をしてきましたが、青木村の方々は義民の意思を継ぐ反骨精神溢れる人々でありました。
長野県青木村のオズさんこと、平成青木時報編集長山浦氏よりいただいたオファーにより【青木村未来会議】に講師として参加してきました。
この未来会議今回が2回目の開催ということで、1回目は信州プロレスのグレート無茶さんが登壇したとのこと。
完全に2回目に登壇するのが私、一般人たつみかずきということで、それはもうこじんまりした会と相成りました。笑
*この記事は2015年2月22日(日)の出来事を記載しております
青木村ってどこ??
オズさんと私が面識をもったのは実は長野市にある同業のゲストハウス【森と水バックパッカーズ】でのこと。
彼がここでスタッフをしていた頃のことでした。
そのときに青木村の話となり、青木村ってどこだろう??
と考えたことを思い出します。
画面の向こうのあなたもきっと知らないことでしょう。
せっかくなので今日を機に青木村のことを少しでも知ってみてください。
◯青木村ってこんな村
長野県上田市と松本市の間にある青木村。
村の中心部は元々、畿内五カ国(京都周辺の五カ国=現代の大阪奈良界隈)から出羽国(山形秋田)に繋がる東山道が通る街道筋の宿場町であり、その他の多くは農村でありました。
農民一揆が頻繁におこったことで知られ、一揆の首謀者を「「義民」(ぎみん)と呼び、村には「義民の里 青木村」の看板が掲げられているのです。
オズさんと合流して青木村の案内をしていただきました。
オズさんは青木村の出身で、青木村を盛り上げたいと「平成青木時報」という地域情報誌を発刊されております。
長野県に5つしか無い国宝の一つ「大法寺三重塔」
青木村の私から見た印象は「のどか」といった表現が似合う村。
北アルプス界隈のような雄大な迫力ある自然と違い、標高の高くない山が村を囲み、川が流れ平地が広がった山村風景ののんびりとした印象の風景の村でありました。
道の駅では既に春の顔であるふきのとうが。
沓掛温泉には温泉が流れる洗い場がありました。
集落の方々はここで野菜等を洗うそうです。
車の洗車もできるそうですよ。笑
村の方が営む食事どころ「夢楽家」(むらはうす)で特産のタチアカネという品種のお蕎麦をいただきました。
村の図書館が素敵過ぎました。
垂木から斜めに伸びる小屋筋交い?がなんとも言えないかっこよさです。
垂木から伸びる構造上きっとなんの意味もなさないであろう格子の木材もとっても素敵です。
村長にきいたところ、有名な東京の建築士等ではなく、地元の工務店さんの仕事だそうです。
恐るべし青木村。。
図書館の中に併設されている栗林一石路資料展示室には、一石路氏が発刊した「青木時報」の展示がされておりました。
これは、オズさんが現在発刊している平成青木時報のルーツとなったもので、栗林一石路氏が青年団の活動の中で「知る権利」を主張し、発刊に至ったものだそうです。
約100年も前に、青年団の活動の中でこのような民間のメディア媒体を運営していたとは、驚きであります。
この隣の民族資料館には義民についての展示が多々あり、青木村の反骨精神を学びました。
◯青木村について学んだ色々
- 青木村の人口は約4500人
- 東山道が通り宿場町と農村で形成されていた
- 上田市まで約20分、松本市まで約40分の通勤圏内地域
- 長野県に5つしかない国宝がある 大法寺三重塔
- 温泉は二カ所 田沢温泉/沓掛温泉
- 沓掛温泉には温泉が流れる洗い場がある
- 農民一揆が頻繁に起こり義民がたたえられている
- 青年団活動で栗林一石路氏が青木時報を発刊していた
- 青木時報がルーツとなりオズさんが平成青木時報を発刊している
- タチアカネという品種の蕎麦を栽培し特産品としている
- 道の駅あおきが重点道の駅に選定された
- 村の図書館はとてもかっこいい
午前中に青木村についてみっちりと学び。笑
午後はそれらのことも踏まえ「これからは田舎が楽しい」をテーマに1時間程講演を行いました。
ほとんどの方が知らないであろう私の真面目な姿。
見てみたい方はどうぞ私の講義にご参加ください。笑
会場となった木古里は青木村の古民家二軒を移築し建てた飲食店で、それはもう素敵な造りに会場にきていた建築関係の男子2名と延々に「かっこいい!!」と盛り上がりました。笑
私のなんてことない講演のあとは「青木村のキャッチコピーを考えよう」とのワークショップに参加。
義民の子孫である方とグループが一緒になり、それはもう義民推しのコピーをたくさん考えました。笑
が、結果報われず。
多数決でこの名コピー
タチアガレ(義民を表現)
タチアカネ(特産の蕎麦)
アオキムラ
が青木村のPRキャッチコピーに認定されました!!
「きっとなにかに使われます。」
とのオズさんの力強くはない言葉で青木未来会議はお開きとなりました。笑
今回この会に参加した感想ですが。
- 青木村の地元民でかつ比較的年齢層の低い方が多く参加されていたこと
- 会の中で率先的に発言を皆さんがされていたこと
- 参加されていた一人一人がなにかしらのことを現在行っていること
これらのことが青木村の地域性として出ているんだなぁと感じた次第です。
周辺町村が上田市と合併した際も青木村は合併を拒み「青木村」を守ったそうです。
一揆を起こした義民は打ち首になるということが常識であった時代に、それでも「もの申す」ことで戦った反骨精神溢れる民。
その精神をいまも尚受け継ぐ人々が棲まう村、青木村。
どこもかしこも人口が減少し消滅への道へと向かう地方と田舎。
その中で、どうにかしたい!と想い行動に移す人々がなにかを起こす。
そういった場面に立ち会い、私自身も微力ながらお手伝いできることはとても嬉しいことなのです。
これからの時代にもの申す。
青木村の方々のように、反骨精神と行動で私たちも精進していく所存であります。
つづく