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小谷村山村留学の始まりの話。地域のこれからの話。

2014.12.21

ここは長野県最西北小谷村-OTARI-村。
私はこの北アルプス山麓のスノーリゾート地で日本が誇るど田舎、小谷村を根城に’地域と人を繋ぐことを生業とする’LODEC Japan合同会社名ばかり代表のたつみです。
今日は私が小谷村に2009年に移住をするきっかけとなった’山村留学’のお話を。

*この記事は2014年12月21日(日)の出来事を記載しております*

 

我が家で囲炉裏を囲んでいるのは、山村留学が始まるときを知る二人。

いまから40年も前から小谷村を知っている方々です。
その当時からのあだ名は「セイロガン」、「ボウフラ」と言うそうです。笑

山村留学とは、その名のとおり都会の子ども達が田舎に留学すること。
1976年に長野県大町市八坂(旧八坂)で開始され、日本全国で行われていた事業です。
留学生となる子ども達は(小学生〜中学生)親元を離れ、留学生・指導員と共同生活をし、地元の小学校に通いました。
小谷村では創設者寺脇氏(通称カバゴン)が1985年に、ぼくが現在棲む小谷村中谷地域で山村留学を開始したのです。

 

山留センター

山村留学センターから中土小学校へ。 片道4キロ1時間の道のりを歩いて登校する。

2006年に小谷村の三校が統合し、中土小学校が閉校となり。
21年間約450人の留学生をこの小谷の地に受け入れ、さまざまなご縁を結んだ山村留学は休止となりました。

山村留学センター外観

小谷村中谷地域旧真木分校。 山村留学センター(宿舎)となった山村留学生の思い出深い家。

中土小中学外観

廃校となり取り壊された旧中土小学校。

今回我が家に訪れていただいたお二方、セイロガンさんとボウフラさんは。
創設者カバゴンの元で、カバゴンの活動を当時からお手伝いしていたお二人。
いまから約40年前、山村留学の前身となるキャンプ(年に数回山村留学センターで1週間ほどを過ごす林間学校のようなもの)の参加者(のちにスタッフとなった)だったのだとか。

ぼくは山村留学12期生(1996年)で、山村留学のちょうど半ばに小谷にきたので。
それまでの過去のことは全て初耳のことばかりでした。
カバゴンは東京の音大卒業後宝塚でミュージックスクールを開業。
その後その生徒を小谷に連れてキャンプを開始。(セイロガンさん、ボウフラさんはここからカバゴンと活動を共に。)
山村留学を小谷村で開始。

この様な経緯があったようです。
ぼくが知るカバゴンは一線を退く頃の姿であったので、ぼくが知らない彼の姿を知ることができたこと。
山村留学始まりの話には驚きがたくさんありました。

こうやって囲炉裏を囲み語り合うことができること。
ぼくが小谷村に移住したこと。
そして、棲家となった我が家が宿となり、小谷を知らない人々が我が家に訪れてくれること。
始まりは、全て創設者のカバゴンが創り出してくれたことなんだな。
「あー。かっこいい人だったな。カバゴン。」と。
ぼくを小谷と、多くの人々を繋いでくれた亡き恩人に。
改めて感謝し敬意をこめる夜でありました。

山村留学の創設、継続には多額の資金と労力がかかったようです。
村との関係性の構築も並大抵のことではなかったはず。
山村留学を個人事業で開始し、村の小学校に留学生の受け入れてもらい、村との関係を築き。
21年間450名の山村留学生を受け入れ続けた。

カバゴンが亡くなり、小学校が無くなり、山村留学が無くなった。
ぼくは当時高校生で、どんどん遠ざかっていく小谷村に哀しさばかりを構築させました。
カバゴンは山村留学OB生がいつでも小谷に来て寝泊まりできるように「ちゃんめろ邸」という家を用意してくれていました。
ぼくも小谷を離れてから何度もその家にカバゴンを尋ねたのです。

カバゴン亡き後遠ざかる我がふるさと。
「ここでこうやって繋がれたことは、カバゴンに導かれたのかもしれない。」
囲炉裏を囲み、そんな話となりました。
2009年に父から小谷村移住の話をされたときに、ぼくも小谷に棲もう!と決意させたのは。
カバゴンの導きなのかもしれない!なんて、都合良く考えております。

「田舎には帰る家がある。」
移住後、我が家を宿とするときに打ち出したコンセプトは。
このちゃんめろ邸と我が家を重ねたものでした。
【梢乃雪】と命名するまでは仮称で【ちゃんめろ邸二号館】などとうたった時期もあります。

「一度、梢乃雪に遊びに行きます!!」
そうメールをセイロガンさんからいただいた1週間後に、長野県神城断層地震がおこりました。
山村留学生のふるさとでありぼくの棲家は、被災の中心にありました。
我が家から北の家々はの多くは、大規模な修復をしなければ住むことができなくなりました。
山村留学センターも、同様です。
地震から2週間で雪が降り、我が家から北の方々のほとんどは現在この谷にはほとんど住まれておりません。
親族や村が用意した住宅等で避難生活を続けておられます。

雪が溶けたあと、中谷はどうなるだろう。
我が家の宿営中止を考えたこともありました。
移住後少しずつ積み上げたものが、たかだか30秒の揺れで吹き飛ばされた気がしました。

それでも。
我が家はこの谷の宿機能を失ってはならない。
そう考えるようになりました。
こうやって小谷に、中谷に帰ってくる人達がいるのだから。

地震後。
山村留学生の輪がゆっくりと広がりをみせています。
谷の人口よりも多い山村留学生。
いまはなにができるのかわからない。
でも、この輪が小谷に、中谷にもたらす未来に期待をしております。
そしてぼくは。
自分自身ができること、をこれからもゆっくりと続けていきます。

山村留学の帰って来ることのできる家であり続ける。
カバゴンの意思を頼まれてもいないけど、勝手に継がせていただきます。笑

一人の男が30年も前におこした行動が。
こうやって人の繋がりを創り、繋げている。
すごいことだなー。

「ご縁の始まりは山村留学。」そんな風に。
「ご縁の始まりは、梢乃雪」なんて言われる場所になりたいものです。

それでは、皆さま。
小谷村で逢いましょう!!

つづく

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*古民家ゲストハウス梢乃雪*

梢乃雪ロゴ

長野県最西北小谷村-OTARI-築150年の古民家ゲストハウス。
「なにもない、が、ここにある。。」
そんな見渡す限りの大自然の中の宿。
一泊4,650円税込み(2食分の食材費込み)

電話:080-8019-44781(宿用)
住所:長野県北安曇郡小谷村中土12965-1
mail :kozuenoyuki@kominkasaisei.net
HP : 梢乃雪公式WEB http://kominkasaisei.net/

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